こだわりの転職
かつてのサラリーマン黄金時代は、よほどの変わり者とか、無能でない限り、みんな課長ぐらいにはなれたが、このサラリーマン黄金時代は、やはり例外的な幸運の時代とみるべきかもしれない。
企業の昇進構造はどんどんアメリカ型に近づいてきているといえよう。
走って、全員課長にはなれるという同期社会は崩れている。
これまでは周期のほとんど全員をともかく課長ぐらいにはさせて、そこから本当の競争をさせていた。
もちろん課長になるのに遅い人、早い人はあるが、昇進の早い人と遅い人の差は三年から五年ぐらいである。
そして、そこから厳しいサバイバルレースがはじまった。
ところが、最近は競争がどんどん前倒しになってきて、係長クラスから実力競争になってきている。
ふるい落し競争の性格が濃くなってきている。
まるで当世風のマラソンレースのようなものである。
われわれの若い頃のマラソンでは、ゆっくり走っていって最後の五キロくらいから一気に追いつき、追い抜いていく選手もいたが、現代型のマラソンは、グラウンドを出た時からトップ集団にいないとまず勝てないというスピードプラス耐久力レースになってきている。
名古屋大学の若林満助教授が「サラリーマンは五年ぐらいで昇進の差がついてくる」という衝撃的なデータを発表したことがある。
銀行、あるいは百貨店でのサラリーマンを追って、五年ぐらいで、この人は昇進していく人、この人は生涯ヒラか係長くらいで終わる人というようにはっきり差がついてくるケースのほうがむしろ多いというわけである。
私などそこまで断定する気はないが、実際それに近い競争レースをやらせている企業がかなりある。
やはり新入社員も、最初から先頭集団にいないと生き残れない。
こういうサラリーマンの昇進の切迫感が生まれている。
なくなるポストの既得権それともうひとつ、いままでの昇進構造は、全員がとりあえず年功で課長クラスにまではなれる。
課長から上は競争が激しいが、ともかくそこまではたいていはなれるということのほかに、いったん役職になれば、めったなことではポストを取り上げられることはなかった。
ところが、これからは必ずしもポストに安住できないようになる。
ポストを取り上げられる管理職も増えてきている。
苦労してようやく部課長にはなったが、今度はいつポストを取り上げられるかわからない。
昇進も厳しくなるし、これを維持するのもむずかしい時代に入ってくる。
従来の年功序列では、既得権はきちんと保護されている。
いうまでもなく、昇進が厳しくなったり、ポストが取り上げられたりするようになるのは、企業が低成長になってきて、地位ポストが足らないようになったからである。
高度成長期のように会社がどんどん大きくなり組織が膨膜していくときは、地位ポストはそんなに不足しない。
さらにいまはどこの会社でも、管理職予備軍が余りすぎている。
中高年と団塊の世代の管理職候補の人材が、余ってきている。
大手商社あたりではたいてい社員の四割から五割近くが管理職である。
これじゃ課長の値打ちなど、あったものじゃない。
この前、団塊の世代でじつによくできる人が課長に昇進した。
「おめでとう」といったら、肝心の本人が一向に喜んでいない。
「昇進したって言っても、部下はたった一人ですよ」そういう味気のない時代なのである。
またいままで高度成長期は、大量生産、大量販売がうまく作動した時代であったから仕事のやり方も、テーマも、会社の目指す方向もあらかじめ決まっていた。
決まったとおりの仕事を、きちんとすればよかった。
課長にしても、部長にしても、そんなに優秀な人は要らなかった。
任務遂行型の下士官タイプで十分である。
本人の能力よりもむしろ人柄や年功のほうが大事だった。
決まったことをやるから管理職には目的達成能力が要求された。
つまり、平たくいえば、部下をいかに気持ちよく働かすかということにつきる。
仕事は多少できなくても、ニコポン課長とか、人情課長とか、あるいはウマニンジンで走らせる課長が人気を呼んだ。
ところが、これからは課長も部長もどういう仕事を部下にやらせるか、どういう方向へ部下を走らせていくかという戦略眼とか判断力が必要とされるようになってきている。
ニコポン課長が「頑張ってね、君、頼むよ」と部下の肩をポンとにこやかに叩いて、よしきたと部下が見当違いのところに走って行けば仕事の成果もあがらない。
また人情課長の値打ちも下がってきている。
プライバシーに干渉されるのをきらう新人類は人情課長をなるべく避けようとする。
「君のお母さん、元気?」「君、ちょっと疲れているんじゃない?」。
新人類は、まことにふしぎそうに人情課長の顔をしげしげと眺めている。
ウマニンジン型の上司が「ライバルに負けるな、もっと頑張れ」「もう一息、そうすれば地位を上げてやる」とうそぶいても、四人に一人しかポストがないご時世だとわかっているから、いまどきこんなセリフを若い社員がまともに信用するはずがない。
だいいちウマニンジン上司に、そんな権限などあるわけはないと思っている。
このようにかつてのようなワンパターンの部下の走らせ方はだんだん適用しないようになってきている。
企業は、ポストが不足して、中高年や団塊の世代が余りだしてきでいるから昇進を厳しくしているだけではない。
管理職の能力の選別を厳しくしないと競争に勝てないむずかしい時代である。
単に昇進基準を厳しくするだけではなく、一方でポストの既得権化をやめさせようとする会社が増えているのもそのためである。
ガチガチの年功序列制度では、ポストが既得権であり、したがってサラリーマンもたいてい兵隊さんの聞はじつによく勉強するが、管理職になったら付き合いばかり大事にしてなかなか勉強しないようになる。
地位ポストを既得権化すると人材が育たないということにようやく日本の企業も気がついてきたから、これからは管理職になれば、一層勉強せざるを得ない時代に入ってくる。
私の親しい韓国の経営者もいっていたが、日本の企業の新入社員教育は、やはり世界一である。
大学であんなにふわふわして遊び回っている若者、やる気があるのかないのかわからないような新人類でも、企業に入って二、三年たったら、みな「わが社は」と大声で胸を張って叫ぶ逗しい兵隊さんになっていく。
「ところが」と、くだんの経営者がつづける。
確かにその通りだが、日本の企業にはそのかわり本筋の士宮教育が何もない。
これからこのマイナスが日本の企業社会には出てくるだろうと。
高度成長期のように生産性と品質管理さえやっていれば会社が伸びた時代は、兵隊さんをいかに頑張らせるか、いかに下士官がしっかりしているか、大げさにいえば、ただそれだけで企業は勝てたが、これからは将校がしっかりしていないと競争に勝てない時代に入る。
韓国などと違って、もう日本の産業界は世界の最先端のところを走っているのだから、したがって、この面での日本的経営のマイナス面がこれからでてくると、この韓国の経営者は冷やかに見ている。
その点、韓国は兵隊さんの教育はものすごくへただ。
このために品質管理もアフターサービスのやり方もすべてが中途半端。
士宮教育だけを懸命に猛烈にやっている。
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